1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ジェームズ社も戦時体制に入り、K15,K16という150cc2ストロークエンジンを搭載したマシンを生産します。この車体は主に空挺部隊における使用を狙って開発されたのですが、最終的なトライアルにおいて「まだ重量が重すぎる」などの改良の余地ありと判断され、軍には採用されませんでした。さらに改良されたK17も採用されませんでしたが、これらの開発失敗を経て、「ジェームズ・ML(James Military Lightweight)」が1942年に完成します。RAF(イギリス空軍)の判断は「まだ改良の余地は残ってはいるが、現時点で最良のマシンであることは認める」というものでした。...しかし、採用しようにも、肝心の「バイク用パラシュート」は誰も開発していなかったため、実際に空挺部隊が使用することは出来ませんでした。