マチレス。その名前は有名ですが、日本においては今ひとつ影が薄いのも事実。 それはマチレスの最盛期が、日本がオートバイを輸入するには困窮を極めていた50-60年代初頭であったということ、そしてマチレスはブランドネームというよりもAMCの母体としての活躍が目立ったということ、などにあります。今回は「知られざる巨人」マチレス社の歴史ダイジェストです。
マチレス社の歴史は、AJSのそれと似通っています。1891年、ヘンリー・ハーバート・コリアはロンドン郊外で自転車製造業をスタートさせました。そして1899年にはヘンリーの三人の息子たち(チャーリー、ハリー、バート)が協力してマチレス社という形態を整えた上で、彼らはMMC製2.75馬力のエンジンを自転車型フレームに搭載する実験に取りかかります。ほどなく性能面の問題から、彼らはJ.A.P.製Vツインエンジンを使用することに切り替え、さらにその年のうちにレースデビュー(ライダーは長兄チャーリー・コリア)を飾りました。
●マチレスは単気筒を得意とし、スクランブラータイプの車両の製作にも熱心だったため、初期のオフロードレースでも大活躍しました。
●もちろん、ロードレースの世界でもマチレスは活躍しました。単気筒レーサーがしのぎを削った50-60年代。レース上の主役はマチレスG50やBSAゴールドスターでした。
【Apparatus Criticus】 Motorcycles of 20th Century http://home.planet.nl/~motors-20th-century/motors.html ※画像並びに文章の引用・転載に際しては原著作者の許諾が必要です。 本稿は現作者の許諾の下に編集製作されています。 各画像をクリックすると、引用元にリンクで飛びます。